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雲閑山 天源院のご案内

臨済宗建長寺派 雲閑山 天源院

大応国師(南浦紹明)の禅は大燈国師(だいとうこくし・・・宗峰妙超)-閑山慧玄(かんざんえげん)と嗣がれて今日にいたり、「応・燈・閑門流」と称されている。

寺院・霊園の概要

寺院・霊園名 雲閑山 天源院
宗派 臨済宗建長寺派
住所 〒247-0062 神奈川県鎌倉市山ノ内85 地図
寺院・霊園の電話番号 0467-22-2636
交通案内 ○JR横須賀線北鎌倉駅下車 徒歩15分
  (バス:鎌倉行き 建長寺下車)
○JR横須賀線鎌倉駅下車 徒歩25分
  (バス:大船方面行き 建長寺下車)  
墓地・墓所の価格 ●永代使用料 : お問合せ下さい。
●年間管理費 : お問合せ下さい。
  • ※ 上記金額は、平均的な目安です。墓地・墓所の場所によっては、金額が変動します。
  • ※ お寺によっては、上記の金額の他に「護持会費」などが必要な場合がございます。
オプション情報 ●駐車場可  ●永代供養墓 

寺院・霊園の地図

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境内のご案内

建長寺の蘭渓道隆に師事した南浦紹明 宋へ渡航

南浦紹明(なんぽじょうみょう 1235~1308)は、紹明(じょうみん)とも称され、嘉禎元年の生誕で、駿河国安部郡の出身である。建穂寺の浄辯法師について天台学を学び、15歳になって薙髪、鎌倉建長寺の蘭渓道隆に師事し、修行すること10年をへたという。正元元年(1259)、宋へ渡航する。ときに25歳であった。



年中行事

3月彼岸中の日曜日:彼岸会法要
8月3日:施餓鬼法要
10月29日:開山忌




帰朝後 鎮西に三十余年の後、京都に上り万寿寺に入寺

文永四年(1267)、蘭渓道隆に帰朝の報告をした南浦紹明は、文永七年(1270)筑前に行き、筑前早良の興徳寺に入寺する。元の使節と交わりのあった南浦紹明は、活動の拠点を鎮西におくこと三十余年、嘉元二年(1304)後宇多法王の招請をうけて京都に上り、翌嘉元三年に万寿寺に入寺した。


鎌倉建長寺十三世住持となる。円通大応国師の号を下賜。

南浦紹明が鎌倉に足を踏み入れたのは、徳治二年(1307)のことで、正観寺に入ったが、北条貞時の帰依をうけ、建長寺十三世住持となった。しかし、延慶元年(1308)十二月二十九日に寂した。翌年円通大応国師の号を後宇多法皇より下賜された。


南浦紹明の塔所として創建された天源庵

天源庵は、南浦紹明の塔所として創建された。南浦紹明寂後ほぼ二十余年を経たころのことと見られる。天文年中(1532~55)以天宗清(いてんそうせい・・・1472~1554)によって再興された。

(竹貫元勝著「鎌倉の禅寺散歩」慶友社出版より引用)


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