

当山は山号を大河山、院号を華蔵院と号し、板碑に記された「元禄三年」という年号から鎌倉時代末期の開基と推測され、文禄元年(一五九二)に伽藍を建立した光誉祖岌上人をもって開山の祖と申し上げております。
それから約六十年後の承応三(一六五四)年、当山中興の祖である第九世生誉光世上人がお生まれになりました。上人は清浄一途の志深く三十九歳の時江戸に居を構えられて、曼陀羅堂内の寺宝をはじめ、数多くの仏像を自ら彫刻して阿弥陀仏の救いを人々に説かれました。享保五(一七二〇)年、六十五日間の断食の行を修せられ、端座合掌して称名念仏とともに往生を遂げられた高徳の御上人であります。またその寺宝の中時に、「浄土曼陀羅」「釈迦涅槃像」「閻魔王宮と八大地獄絵図」は、八年間もの歳月をかけて彫刻された上人ご自身の力作で、奇跡と言える大作です。
こうして、上人が後世永代に残せる大聖業をなしえたのは、ひとえにご本尊阿弥陀如来の御加護と、檀信徒、篤信縁者の厚い信仰、支援の賜物と心より深く感謝しております。
ここに曼陀羅堂再建を記念し、この『祈りの曼陀羅』を上梓するにあたり、大聖業を成就された光世上人が一心専念思いを西方浄土にこらし端座合掌、称名念仏のうちに断食されたことを思い起こすに、上人の欣求浄土の祈りがこの渇世現代にも生き続け、衆生護念されますことを祈念申し上げます。
| 寺院・霊園名 | 大河山 圓福寺 |
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| 宗派 | 浄土宗 |
| 住所 | 〒344-0031 埼玉県春日部市一ノ割1-30-17 地図 |
| 寺院・霊園の電話番号 | 048-735-4351 |
| 交通案内 | □東武伊勢崎線「一ノ割駅」 徒歩2分 東京メトロ日比谷線 半蔵門線乗入れ |
| 墓地・墓所の価格 |
●永代使用料 : お問合せ下さい。 ●年間管理費 : お問合せ下さい。
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| オプション情報 |
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今でも呑龍上人誕生地として参詣者の絶えることはない。毎年4月第一日曜日の「圓福寺まつり」では、呑龍上人像と寺宝のご開帳、各種イベントと開催している
子育て呑龍さまで慕われた呑龍上人は、江戸時代初期の浄土宗の徳僧。
上人は、弘治二(1556年)岩槻城主太田山楽斎資正の家臣・井上将信貞の次男として当時の一ノ割に生まれ、幼少の頃より圓福寺に手習いに通い仏道修行の第一歩を学び、14才で出家。翌年、徳川家の菩提寺である増上寺で存応上人に師事。呑龍上人は、困窮者の子弟に自分の祿米を与えるなど、民衆と苦難を共にし教化をつくし、「鶴殺しの孝行な子供、源次兵を助けた話」でも有名。

呑龍上人

曼陀羅堂全景

山門
開基七百年の歴史が今も息づく・・・・。

光世上人像

六地蔵尊

幸福観音(観世音菩薩)

阿弥陀如来像には、向かって右側に大慈大悲をあらわす観音菩薩と、左側に知慧をあらわす大勢至菩薩が従っており、この2菩薩を脇侍といい、阿弥陀如来とあわせて「弥陀三尊」という。

中国・唐時代の高僧。曇鸞、道綽とつづく中国浄土教の系譜者で、中国浄土教の大成者。主書は『観経疏』『往生礼讃』。

浄土宗の開祖。諱は源空、諡号は圓光大師、法然は房号。源信(恵心僧都)の『往生要集』の研鑽につとめ、数千巻の経・論を繙くうち、善導大師の『観経疏』の一文に触れ、43歳のとき浄土宗を立教開宗する。主書は『選択本願念仏集』。

八大将軍徳川吉宗までの位牌が安置されている御霊屋

圓福寺第26世住職。開教使としてハワイでの海外布教や、大本山増上寺の常人布教師及び教務部長として浄土宗興隆に尽力。また当山においても、近在各地に呑龍講を広め、呑龍上人の顕彰に力を入れ、数万人の信徒の教化普及に努めた。そうした布教が実り、大正13年、呑龍上人を信心する篤信縁者により震災で傾いた旧本堂(元禄時代に光世上人が建立)が再建された。さらに大正15年には、寺有地を駅構内や村道拡張に提供し、一ノ割駅開設に貢献するなど、地元発展にも尽くされた。
【年間行事】
一月元旦、二日・・・初詣
三月彼岸・・・彼岸会(水子供養)
四月第一日曜日・・・
圓福寺祭り、市指定文化財・宝物お開帳、花まつり(お釈迦様降誕会)
六月一日・・・大施餓鬼会
八月十二日・・・新盆法要
八月十三日~十五日・・・お盆
九月初旬・・・ペット合同供養法要
十一月・・・七・五・三祈願会
十一月二十三日・・・十夜会
毎月「写経念佛会」「吉水流詠唱会」開催