

時を重ねて四百有余年・・・
観音信仰と曹洞宗の伝燈(おしえ)が融合し
新たな命脈(いのち)が息づく。
| 寺院・霊園名 | 大本山永平寺別院 長谷寺 |
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| 宗派 | 曹洞宗 |
| 住所 | 〒106-0031 東京都港区西麻布2-21-34 地図 |
| 寺院・霊園の電話番号 | 03-3400-5232 |
| 交通案内 | □地下鉄千代田線・銀座線・半蔵門線「表参道駅」より 徒歩10分 表参道駅出口・・・・B1,B3,A4,A5 □JR山手線「渋谷駅東口」より 都バス □JR山手線「新橋駅」より 都バス □地下鉄日比谷線「六本木駅」より 都バス □都バス 01(渋谷-新橋)・82(渋谷-東京八重洲)・88(渋谷-東京タワー) |
| 墓地・墓所の価格 |
●永代使用料 : お問合せ下さい。 ●年間管理費 : お問合せ下さい。
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| オプション情報 |
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かつてこの地には、奈良長谷寺(ならはせでら)のご本尊、十一面観音菩薩と同じ木片、同じ御姿(みすがた)の小さな観音さまをお祀りしたお堂がありました。
時流れて、徳川家康公江戸開府の折、門庵宗関禅師(もんなんそうかんぜんじ)によりご開山。江戸中期には、奈良・鎌倉長谷寺と並ぶ大観音さまを造立。古仏は尊像の体内にお納めし、江戸観音霊場第22番札所として尊崇(そんすう)を集めました。
幾多の災禍と艱難(かんなん)を超え、寺観再建が成った今、宗門の専門僧堂として、また、観音信仰の聖地として、現世利益が満ち溢れています。

攝心(せっしん)は、他事を休し終日坐禅を続ける行持(ぎょうじ)。釈尊の大悟(だいご)にならい、12月1日から1週間に渡り行います。参禅をご希望の初心者の方は「月曜参禅会」からどうぞ。
毎年10月に修(しゅう)される、道元禅師様のご命日法要「御征忌」と、加行(けぎょう)により仏戒を授かる「法脈会(お授戒・・・じゅかい)」。永平寺貫首様が直々に戒師(かいし)をおつとめになります。

臘八大攝心会(ろうはつだいせっしんえ)

御征忌法脈会(ごしょうきほうみゃくえ)

本堂
総檜造りの壮麗な長谷寺ご本堂。須弥壇には、釈迦牟尼佛を中心に、道元禅師・瑩山禅師像を安置する。

僧堂
雲水が坐禅をする場。文殊菩薩(聖僧)を囲むように、一人一畳ずつ与えられる。禅刹に於いて最も重要で厳粛な修行の場。

観音堂
大観音像をお祀りする、間口六間二尺、奥行七間二尺の壮大な御堂。長谷寺観音堂は現代建築の粋を集めた重層入母屋造り。

鐘楼
昭和五十年に再建された鎌倉様式の鐘楼。長谷寺の<鐘点>役の修行僧が、一鐘一礼(ひと撞き毎に礼拝)し撞く。

大庫院(だいくいん)
本堂右手にあり、長谷寺寺務所・客殿・調理室を兼ね、平成元年に再建された建物。
「正師(しょうし)を得ざれば、学ぶに如(し)かず。」道元禅師24歳、波涛(はとう)を越え、禅の源流宋に入る。嘉禄元年(1225年)5月、天童山景徳寺。ときの住持(じゅうじ)こそ、越国(えつのくに)の長翁如浄禅師であった。「まのあたり先師(せんじ)をみる、これ人にあふなり。」霊山の拈華(ねんげ)、嵩山(すうざん)の得髄、黄梅の伝衣(でんえ)・・・、仏祖正嫡(ぶっそしょうちゃく)の系譜に連なる、面授(めんじゅ)の瞬間である。
二年の後、嗣書(ししょ)を授けられる。
「汝、本国に祖道(そどう)を弘通(ぐずう)すべし。
深山幽谷に住し、真の弟子を育てよ。
禅の道を絶やすべからず。」
永訣(えいけつ)の朝、師はこの一言を遺した。
出向の翌月、父とも慕った正師、如浄禅師示寂(じじゃく)。
道元禅師が持ち帰ったものは、ただ師の魂の結晶のみ
仏法の真髄、「只管打坐(しかんたざ)」の実践であった。
爾来(じらい)七百七十余年、今も先師の遺風を護り続ける。
禅宗は、菩提達磨がインドから中国へ伝えたとされる宗派であり、もっぱら坐禅による修行を行います。教義を説くことよりも、坐禅の修行と悟りを強調します。
インドより禅宗を伝えた達磨は、二十八代目の祖とされますが、中国に禅宗を伝えたことにより、中国禅宗の初祖と呼ばれます。禅宗の教えは、初祖の達磨より、二祖慧可、三祖僧?、四祖道信、五祖弘忍へと確実に受け継がれていきます。そして、弘忍は、神秀と慧能という二人の優れた弟子を育てます。
しかし、弘忍の弟子である神秀と慧能は、それぞれ北と南に分かれて教えを広めていくことになり、神秀の北宗禅、慧能の南宗禅に分かれていきます。そして、慧能が中国禅宗の六祖となり、南宗禅の勢力が強くなっていきます。やがて、南宗禅の系統が大きく発展することになります。
慧能の教えは、南嶽懐譲と青原行思に受け継がれ、禅宗の教えが中国で大きく広がっていきます。青原行思の系統からは、洞山良价を祖とする曹洞宗、雲門文偃を祖とする雲門宗、法眼文益を祖とする法眼宗、南嶽懐譲の系統からは、?山霊祐と仰山慧寂を祖とする?仰宗、臨済義玄を祖とする臨済宗が分かれ出て、禅宗の五家が成立します。そして、その中の臨済宗は、黄龍慧南の黄龍派と楊岐方会の楊岐派に分かれます。これらを合わせて、禅宗の五家七宗といいます。
今日、日本で禅宗と呼んでいるのは、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の三つの宗派です。このうち、臨済宗は栄西、曹洞宗は道元によって、鎌倉時代に日本へ伝えられます。なお、栄西が伝えたのは、黄龍派の流れを汲む臨済宗です。また、黄檗宗は、臨済宗楊岐派の流れを汲む隠元が江戸時代に中国より来日して開いた宗派です。